ヒマラヤ杉

 東京工業大学大岡山キャンパスは,桜の名所しても知られるようになった.学内に多数のソメイヨシノが植わっているが,本館前の70才の古木が特に豪華で,春には近隣の住人も花見宴を楽しんでいる.ただし,キャンパスの木といえば,ヒマラヤ杉である.秋の銀杏並木も及ばない.
 大岡山キャンパスは,関東大震災で壊滅した蔵前キャンパスをあきらめ,郊外の小高い丘の上に再建されたものである.本館の偉容は,当時からランドマークとして目立った存在であり,戦争中はB29の侵入の目印となったらしい.その本館の周囲に10年ぐらい育ったヒマラヤ杉が植えられた.設計者が耐震性にこだわった本館の無骨さを和らげようとしたように思える.十二神将のようにぐるりを取り囲んでいる.いまや屋上を越す高さまで成長しているが,ヒマラヤ杉に注目する人は少なかった.
 2019年9月9日朝も明けやらぬころ,台風15号の大風が西側(生協食堂側)の二本の杉を中程からポキリと折ってしまった.本館は北面しており,強い南風が隣接する講義棟との間でビル風となって増幅されたようだ.およそ90年もキャンパスの最高点にあって,大学を守護してきたヒマラヤ杉のアクシデントは何を象徴しているかはわかない.が,その存在に多くの人が気づき,また再生されるであろう二本の木に,伝統と重みと,新しい息吹を感じることができると思う.